ふと「死」について考えてみた。今までは、「死=無」という考えを持っていたけど、では死ぬというのはどういうことか?について考えたことはなかったと思う。思ったことをうまく言葉では表せないかもしれないけど、ブログの更新を忘れて考えてたんだから「その日の出来事」としてきちんと書くべきだろう。
<注:精神状態はいつもと変わりないと思います、普段から変なら別ですが>
まず、死の定義とは何か?自分なりの答えは「脳または心臓の停止なおかつそれらが再び動く可能性が無くなった時」と思っている。それが間違っているかはわからない、それを前提に考えた。
それを元に考えたんだけど、まず思ったのが「死=精神の消滅」とは違うのか?ということ。ただ、脳というのは電気信号で動いている。少し極端な話になるけど、精神(脳)さえ生かせれば、それは機械であっても生きていることになるのか?
というより、心臓や脳が停止すれば本当に死なのか?人間なんてそんなあっけないのか?そんなことを考えているうちに過去の出来事を思い出した。
Ageha「どうせ死んでも、それは終わり(無)でしょ?」
O先輩「死んだら何も感じないなんて嘘だよ」
O先輩「心理学やった人間ならわかる」
Ageha「そうなんですか?でも「無」じゃないとそれはそれで困りますよ。」
O先輩「困るも何もそうなんだから仕方ないよ、それに死ぬってことはとても悲しいことなんだよ」
たしかこんな話の流れでした、要約すると「心理学の考え方には、死は無ではないというものがある」らしいです。ただ、なぜ無じゃないのか、どんな理論なのか、というメインの部分は教えてもらえませんでした。
そこを話してもらえないのは、何か理由があってのことか、それとも単に嘘だったか、そのどちらかですがOさんは嘘を付くような人ではないので恐らく何か理由があったのでしょう。めんどうだとか、詳細を忘れてしまったとか。
それを思い出して余計ややこしくなってしまいました。死って一体何なんだ!
多分、「死」という概念を理解出来るのは、生物または人間を完全に理解したときなのでしょう。ただし、不完全な解答なら何個も用意されている。例えば先輩の使った心理学、宗教での定義、科学や法律での定義、民族的な考え方など。要は、完全な答えはまだ出てないから自分の信じるものが正解だよ、ということかな?
そういう意味では今、自分は解答を持ち合わせてません。それは「死=無」という自信が壊れたからであり、死という概念そのものがわからなくなったことも原因です。
でもよく考えれば、人は生き続ける限り、死という概念と向かい合う機会がありますね。いつかは理解出来ると良いな。